公明党松戸市議会議員
あしだ 満春

生まれ育った常盤平団地

2025.05.28

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常盤平団地E街区

五香に用事があって、家から徒歩で。
途中、吸い込まれるように常盤平団地のなかへ。

そう、ここは私が生まれ育った"まち"常盤平団地E街区。
EってたしかEASTのE。団地のなかでも東にある"まち"だからって聞いたことがあります。
ほんとかな?


常盤平の歴史は、高度経済成長期、都市部に人口が集中し住宅環境が悪化しました。
そんななか1960年代「憧れの団地」として常盤平団地が誕生。

ちなみにわが家は1970年の後半に東京都足立区から移り住んだようです。
姉と二人の兄は東京生まれ松戸育ち。
家族では私だけが松戸生まれ松戸育ちです。

団地のなかには芝生や公園がいっぱいあって日当たりもよく、当時たくさんいたこどもたちと一緒に遊びまわりました。

また私が小学生のころ常盤平は団地だけではなく、企業の社宅もたくさんありました。
記憶にあるものでも紡績、貿易、農器具メーカー、銀行の社宅などいっぱい並んでいました。

なので団地の子どもと社宅の子どもで街は賑わっていたのです。
なかでも常盤平さくら通りの「さくらまつり」は"まち"を代表する大きなイベントでした。


でも私が高校を卒業するころあたりから団地の雰囲気は変わっていきました。
あんなにいっぱいいた同級生たちも団地から引っ越したり、たくさんあった社宅もなくなりみんなバラバラになりました。


私はというと結婚を機に実家のE57からE37に引越し。
常盤平団地で新婚生活を始めました。
今は線路を北に渡ってすぐそばの金ヶ作に住んでいます。
ずっとこの近くに住んでいるのは郷土愛かもしれません。

やっぱりこの地域には愛着があって地域の活力が失われていくのをみるにたえませんでした。
あのときのように、この地域に人が集まり活気があふれることを願っています。
できることがあれば何かしたいと思うのは常盤平団地出身の私としては当然の考えです。


だからこそ国土交通省出身でUR都市再生機構ともパイプのあるこだま典彦松戸市前副市長と一緒に市政を担っていきたいと思った、そんな"とある日"でした。

こだまさんの常盤平団地にかける想いは次のYouTubeに載ってます