公明党松戸市議会議員
あしだ 満春

マリフォーと中道が懇談

2026.05.30

5月28日、マリフォーことMarriage For All Japan(結婚の自由をすべての人に)のメンバーと、中道改革連合の小川淳也代表、山本香苗代表代行、岡本三成政調会長が懇談。
同性婚のための速やかな法改正を求める要望があり、中道としても「一日も早い課題解決に向け、全力を挙げたい」とのことでした。

「同性婚」について最高裁判所の動向が注目されています。年内、あるいは年明けにも何らかの結論が出るのではないかと言われており、私自身も非常に強い関心を持って注視しています。

何度かこのブログでもつづっていますが、この同性婚の議論において必ずと言っていいほど争点となる「憲法第24条」について、私が39歳の時に法学部で学び、大学の教授から教わった「法学的な歴史の視点」を交えながら、改めて皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

憲法第24条には何が書かれているのか?

まず、日本の憲法において婚姻(結婚)について規定している条文を確認してみましょう。

憲法第24条

  1. 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない。

  2. 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。


この条文の第1項にある「両性の合意のみに基いて成立し」という文言を、みなさんはどう読み解きますでしょうか?

文字通り「両性」と言えば「男性と女性」のことであり、同性婚は想定されていないのではないか、と捉えるのが一般的な感覚かもしれません。しかし、法学の世界では、この条文が作られた「歴史的背景」を紐解くことが非常に重要になってきます。

大学の教授から学んだ「歴史的背景」と憲法24条の真意


私が39歳で大学の法学部に入り、学び始めたとき、教授からこんな問いかけをされました。 「そもそも、この憲法24条はどういう背景で、何のためにできたのかを考えてみてください」

この憲法が制定される前、日本は旧大日本帝国憲法(明治憲法)の元にありました。当時の民法はいわゆる「家長制(家父長制)」が敷かれており、家の主(あるじ)である父親などの権限が絶対的な時代だったのです。

つまり当時は、結婚をするために「当事者お互いの意思」だけでは不十分で、家長の同意がなければ婚姻ができないという時代背景がありました。

そうした歴史を踏まえると、憲法24条に書かれた「両性の合意のみに基いて」という言葉の真意が見えてきます。これは、「男性と女性でなければならない」と限定したかったのではなく、「かつての家父長制のような、家長の同意(プラスアルファの縛り)はもう必要ないんだ、いらないんだ」ということを宣言するために作られた条文ではないか、という見方ができるのです。

これからの時代と裁判への注目


歴史的な観点から見れば、憲法24条は「家父長制ではない新しい時代」のために作られたものだと言えます。

当事者同士が婚姻の意思を持っていることに対して、裁判所がどのような法的判断を下すのか。この歴史的背景を知ると、今後の裁判の行方がまた違った角度から見えてくるのではないでしょうか。大変注目されるポイントだと感じています。

皆さんはこのテーマについて、どのように考えますでしょうか?