公明党松戸市議会議員
あしだ 満春

ぶれない信念

2026.04.20

新聞の熟読からスタートする日々です。
報道を深掘りすることや、時事ネタを広くひろうことをしています。

そのうえで案外おもしろいのが各社が掲載するコラムです。
今回は創価学会の機関紙である聖教新聞のコラム「名字の言」から一部抜粋しご紹介します。

山本周五郎の短編「武家草鞋」には清廉に生きる藩士・伝三郎の苦悩が描かれている。

卑賤な世間に疲れて江戸を離れた伝三郎は山村で行き倒れ、老人に助けられる。老人の家で世話になる間、仕事をすることにした

覚えのあるわらじを作り、問屋に納める。
“とても丈夫”
と評判を呼ぶが、問屋から
“丈夫だと数が売れず、もうからない”
と言われ、失望する。

次に日雇いの仕事を始めるが周囲からけちが付いた。
“そんなに精を出されたら、こっちの手抜きがばれる”

正しい行為が逆に疎んじられる。
そんな浅ましい世間の現実は今もあるだろう。


抜粋ですが、こういったような書き出しではじまったコラムです。
結構、あるあるじゃないでしょうか?
私も伝三郎と同じ経験したようなしなかったような...
反対に村人たちと同じようなことをしたようなしなかったような...

当然、社会生活を円滑に送るには、過度に"自分"が"自分"がと前に出てスタンドプレイに走ったのでは周りとの協調性が問われます。

ですが、自身の信念という部分ではぶれてはいけないものもあるのかなと思います。
特に私たち政治家に必要なのは、ぶれない信念を持ち続けること。
ときに意見が正反対の方とお会いするときもあります。
相手の意見を尊重しつつも、自身の信念との折り合い地点を見つけることに心砕く日々です。

コラムでは最後次のように結論づけられていました。

だからこそ問われるのは“自分はどう生きるのか”という信念と、それを貫く姿勢である。


次回また各社のコラムを紹介する機会を設けたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。