公明党松戸市議会議員
あしだ 満春

明治13年の県別人口

2025.01.03

農業経済学を学ぶなかで、県別人口について明治の初期はどうだったのか確認する機会がありました。

廃藩置県は明治4年(1871年)。
江戸時代までは封建制なので、江戸幕府とは、300程度あった各藩のゆるやかな連合体と捉えることができます。

明治政府は中央集権をすすめる県を設置します。
明治13年(1880年)に県の人口を把握し、日本帝国統計年鑑を発刊。
そこに県別人口が記載されていました。

当時の人口1位はなんと石川県183万人、2位は新潟県154万人、3位は愛媛県143万。
千葉県は110万人で10位でした。

驚くのは東京95万人で17位です。


都道府県の統廃合はその後もすすめられるので現在の骨格とは少し違いますが、現在のように都市と地方といった概念もなく、全国それぞれに人が暮らしていたのだと想像がつきます。

当時の産業の中心は農業です。
どこに住もうとも食がなければ人は生きていくことができません。

ということは人口が多い地域とは農業が盛んな地域といえることもできそうです。