公明党松戸市議会議員
あしだ 満春

東洲斎写楽と蔦屋重三郎

2025.01.01

「東洲斎写楽の作品にみられる特徴を述べなさい」



大学で選択した科目【歴史】の課題です。
大学側から提供された歴史教科書には浮世絵の記述はあっても、東洲斎写楽についての記述はほとんどありませんでした。

そのため書店で関連しそうな本を探しこの課題に2020年挑戦しました。

謎の浮世絵師「東洲斎写楽」今もってその素性はわかりません
その作品とはどういったものだったのでしょうか。
私は次のように考察しました。

謎の浮世絵師東洲斎写楽とは


寛政6年(1794年)5月、東洲斎写楽はプロデューサーである蔦屋重三郎を出版元とし作品を発表。
当時まったくの無名画家でありながら、これまでにない斬新な絵によって世間をあっといわせました。

伝統的に日本の絵はモデルに似せた絵を描くのでなく、絵師が美しいと思う顔をほとんど同じようにどの絵でも描くことにありました。
しかし写楽の作品は違いました。
役者の特徴を大きく描き、それまでの伝統を完全に破るのです。

ところで写楽は寛政6年5月から寛政7年1月までのたった10ヶ月、142点程度といわれる作品を残して浮世絵界からその姿を消しました。

わずか10ヶ月ですが、その作風は4期にわけることができます。

【1期】
寛政6年5月のデビュー作を1期とします。
大首絵と呼ばれる上半身がメインの作品28点を発表しました。
そもそも日本の肖像画に上半身だけの絵なんてありませんでした。
衝撃的です。

【2期】
寛政6年7月の作風が第2期、今度は大首絵でなく役者の全身像を描き38点を発表。
蔦屋重三郎の拡販戦略でないかと思われる記事も同時に発刊されます。

【3期】
寛政6年11月発表したものは前回の作風からさらに変化させ、ここまで描いてなかった背景画も描き55点発表しました。
このことも出版元の蔦屋重三郎による話題性を呼ぶための宣伝戦略がうかがえます。

【4期】
寛政7年1月、最後の役者絵を発表。
ここでの作品群には、それまであった写楽特有の大げさな表現やしぐさ、大胆で力強い線を失った写楽らしからぬ絵のトーンとなったといわれています。
ただし芝居の雰囲気は後半の作品の方がよく出ているという歌舞伎研究者もいるとの興味深い見方もあります。


写楽作品の特徴についてはその作風だけでなく発表の仕方にもありました。
1つの芝居に対し作品数があまりにも多いのです。

他の浮世絵師が描いた役者絵はスターだけを描いて発表していました。
それに対し、写楽は端役も同時に発表することで歌舞伎狂言の芝居における役どころの相関もより理解を深めることが出来るようにしているのです。

単にプロマイドのように役者絵を購入するのであればスターの役者絵のみ描くので十分ですよね。

でも写楽のように全ての役者を描くことによって物語の中での役どころの相関が掴みやすく、江戸での芝居が地方にも伝播し、全国的な拡販戦略を得ようとしていたのではないかと考えられます。


謎の浮世絵師「東洲斎写楽」
それはプロデューサーである出版元・蔦屋重三郎の宣伝戦略によって世間をあっといわせ、現代に残る作品を作りあげたと、私は見立てました。

レポート採点は?

このように素性のわからない謎の絵師・東洲斎写楽について分析しました。
その背後にプロデュースする蔦屋重三郎が見え隠れするのです。

私としては秋元康氏や韓国のJ.Y.Park氏を思い浮かべながら、世間をあっといわせる写楽の作品を説明するレポートを書き上げました。
自分自身としてとても満足したレポートとして提出しました。


大学からの判定は…



……C



ぎりぎり合格
Bをとれば課題を把握しているということなので、Cということは課題を把握していなかったということです。


ちなみに大学側からのコメント趣旨は、
写楽の絵のタッチやその他の絵師の書く浮世絵との違いについて述べてくださいとのことでした。




たしかに私の関心は途中から写楽の絵そのものというよりも、むしろ蔦屋重三郎の存在に向いていました。



それだけの存在感を示していたのが蔦屋重三郎です。


2025年NHK大河ドラマの主人公


そんな蔦屋重三郎。なんと2025年NHK大河ドラマ「べらぼう」の主人公とのことです。

歴史授業では東洲斎写楽の作風についての課題に対して考察違いをしましたが、そのときに調べて知ったのが蔦屋重三郎の存在です。
ドラマではもっと詳しい活躍を知ることができそうですね。


※大学のレポートは小林忠著「教えてコバチュウ先生!浮世絵超入門」小学館2020年3月1日発行をもとに構成し作成したものです