公明党松戸市議会議員
あしだ 満春

地味?な政策こそ...

2026.02.03

現在の日本は極端な考え方が時代の潮流になっていると見受けられます。
また、そこには出ては消えてと聴衆をあおる政治家がいるのもまたしかりです。

この状況を、少し俯瞰してみたときに...実は過去に同じようなことがあったのかもしれない。

識者による研究によると、どうやら満州事変から太平洋戦争までの時期、衆議院議員の3割を新聞などのメディア出身者が占めていたといいます。

本来なら権力の監視役となるのがマスメディアです。
でもそのメディアがなぜ戦争を止められなかったのでしょうか。

もしかすると、"メディアの論理"で議員が動いてしまったのではないかというのが、その識者の見立て。

新聞でいえば発行部数。
現在でいうとTVの視聴率、SNSは再生回数。

つまり、メディアといえど読み手や聴衆受けしないと"売れない"から、大衆に迎合する体質があるのでは?
というある種のロジックです。

とても面白い指摘ですね。
するどいです。

ではでは、現代においては政治家個人が発信することができる時代になりました。
直接に視聴者に届きます。

これって、先に取り上げた「メディアの論理」に近くないですか?

当然、私もSNSで毎日何かしらの発信をしています。

でも自身の政治信条や松戸市のことをみなさんに知っていただきたいという気持ちでの発信です。
生活者にとって後々不利になるような発言をするつもりはありません。

これって旧立憲民主党・旧公明党のSNS全般でいえることではないでしょうか?
今回「生活者ファースト」という「中道」の塊になって、改めて気づいたことがあります。

それは旧立憲・旧公明のSNSが他党に比べて、いまいち再生回数が少ないということです。
その理由、今ならなんとなくわかります。

それは愚直なまでに政策に真面目に取り組んでいるからです。

私たちが掲げる政策はとても地味かもしれません。
でもその地味な政策によって、目の前のひとりが希望をもつことができた。
さらには、もうひとり、またひとりと。
希望の連帯をうむ、優しい社会へと。

そう決意しております。

※公明新聞のコラムをもとにブログを構成しました
 以下コラム抜粋↓

満州事変から太平洋戦争までの時期、衆院議員の3割を新聞などのメディア出身者が占めていたそうだ。メディアの役割が政治を監視する「番犬」なら、なぜ戦争を止められなかったのか。多数のメディア出身議員がいたからこそ世論に逆らえなかったのでは。京都大学大学院の佐藤卓己教授はメディアと政治の“共犯”を指摘する両者をつなぐ「メディア議員」(中略)興味深かったのは、影響力や効果の最大化を図る「メディアの論理」で議員が動くことの危険性だ。理念や政策の実現をめざす「政治の論理」よりそれが優先されれば、「ポピュリズム」(大衆迎合主義)に堕してしまう。国民を粘り強く説得し理解を得る努力を嫌い、時代の波に乗って人気を得ようとするメディア議員は、その波から降りることも、止めることもできない。佐藤氏は「さまざまな利害から独立し、自立して政治を行うところに、中道の本質があるのではないか。(中略)世間の空気からも独立的であることが重要だ」と述べる。