公明党松戸市議会議員
あしだ 満春

読書って勉強?

2025.01.27

数年前の話しですが、市内小学生の授業でディベートがあったそうです。

テーマ【読書って自主勉強にはいるの?それとも違うの?】
といったようなテーマです。

当時、小学校では自主勉強時間というものが日常のなかにあって、そこで読書が自主勉強時間になるのかならないのかを議論したそうです。
それぞれ賛成意見・反対意見に分かれて白熱した議論になったとのことでした。

なかなかのテーマですよね。
私は良書に出会うことこそが人生にとって何ものに変えられない宝になると信じて疑いません。
反対意見に回ったのなら悪書の存在を強調するしかなさそうですね。

私は、こどものときから本をよく読んでいました。
小2のときに学校図書室で借りた「西遊記」、小5で「三国志」
小学校高学年のときには伝記小説が流行って、徳川家康や伊達政宗など友だちから借りて一生懸命読んでいました。
中学生になっても学校図書室で「水滸伝」など借りて読んでいました。

本ってやっぱり簡単なものと難しいものってあると思います。
読む側にその本を読み解くだけの実力があるかないかも問われます。
特に古典作品などは、いきなり読んでも執筆時の時代背景や、執筆者の思想などを知っていないとなんのことだかさっぱりわかりません。
それらを知ってはじめて作品の意味を理解することができます。

さて私は社会人になってからも、いつも本を片手に出かけていました。
通勤電車では本さえあればその物語にのめり込めるから満員乗車もさほど苦にならないほどです。

私は特に小説が好きで、
吉川英治の三国志・宮本武蔵・私本太平記
司馬遼太郎の竜馬がゆく
子母沢寛の親子鷹・勝海舟
山崎豊子の大地の子・二つの祖国・不毛地帯
陳舜臣の小説十八史略
など長きに渡り多くの人から親しまれている本は何度も読み返しました。

また
北方謙三の水滸伝シリーズ
浅田次郎の蒼穹の昴シリーズ
など最近まで執筆されたものも手に汗にぎりながら読んでいます。

もちろん小説だけではありません。
通信制大学でも本を頼りに勉強を進めました。
また議員活動にあっても政治課題解決の糸口として、大学などアカデミアの講演や経済アナリストのセミナーなど聴きたいところですが、なかなかそんな機会に巡り会えないので、やっぱり執筆された本を読んで学んでいます。

良書に巡り会うことによって、心が豊かになることもあれば、社会での活動の幅を広げることができるものと感じています。

図書館や本屋で本の背表紙をじっと見ながら、
またひとつ素敵な物語に出会えることに心躍らせ、

専門書など手に取りながら、
またひとつ学術的な思考を養い課題解決の糸口を探しています。

本との出会いとはいわば人との出会いともいえそうです。
良書に巡り会えるような自分でありたいと思います。